2015.05.20
介護ニュース
高齢社会対策を考えるなら少子化対策「奇跡の村」

その村は、下伊那郡の中央に位置する「下條村」。奇跡と呼ばれる理由は、早くから少子化対策に乗り出し、山奥の小さな村でありながら、全国有数の出生率を誇っているからです。
下條村の出生率は、2003年から2006年までの平均で2.04人(国の合計特殊出生率は1.34人)。厚生労働省が発表した2040年時点での地域別将来推計人口でも、全国のほとんどの自治体が大幅に減少すると推計されている中で、下條村は2010年比でマイナス8.2%と、小幅な減少に留まりました。これは大都市圏のベットタウンの自治体と肩を並べる数字で、税収も乏しい小さな村としては大健闘といえます。
では、一体どうやって下條村は出生率を高めることに成功したのでしょうか。
1992年の村長選で初当選した伊藤喜平村長は、もともとはガソリンスタンドなどを経営する会社の社長でした。それまでの役場の職員は、やる気もコスト意識もなく、国や県の顔色をうかがうばかりで自ら動こうとしない人ばかりだと思っていた伊藤村長は、そのぬるま湯体質を変えるため、まず手はじめとして、全職員を民間の会社に研修に出しました。直接顧客と接する物品販売の店頭に職員1人につき1週間ほど送り込んだのです。これにより、民間企業の厳しさを体験したことで、職員の意識は変わった、といいます。皆がコスト意識や効率、スピード感などを身につけたことで、いわゆる「お役所仕事」がなくなっていきました。同時に、定年退職者などの自然減で職員の数も少しずつ減少。意識改革とともに、人員も効率化を図り、無駄を省いていったのです。
そうして役場全体の雰囲気が変わっていく中、伊藤村長が打ち出した次の一手が「資材支給事業」でした。これは村道や農道、水路などの整備や補修を住民たちが自ら行い、そのために必要な資材を村が支給するというもの。もちろん大きな道路の舗装などは無理ですが、狭い道路などはほとんど住民が自分たちで舗装したそうです。ただし、「あくまで住民から要望があった場合に限り、できる範囲でやる、ということです」とは、役場の担当者。決して役場が住民に押しつけているわけではない、ということですね。この「資材支給事業」は伊藤村長が初当選した1992年にはじまり、現在も続けられています。住民自らが整備・補修した村道や水路などは2011年度末までに1442ヶ所、累計総事業費は約2億8063万円に上るといいます。
そして本題の少子化対策としては、1997年度から若者向けの村営住宅の建設を開始。毎年1棟ずつ集合住宅をつくっています。注目すべきは、その建設にあたって国の補助金を一切使わないこと。それ以前は、1990年から1996年にかけて国の補助金をもらい、一戸建て住宅を54戸建てていますが、「補助金をもらうと規制が色々あって、なかなか来てほしい人に来てもらえない」ということで、村独自の入居条件をつけるため、1997年からはあえて補助金は使わず、村の単独事業として実施しているそうです。その条件とは、子持ちか結婚予定者であること、村の行事に参加すること、消防団への加入など。家賃は2LDKで3万3000円と格安です。村営住宅に入らなくても、若い人が下條村に家を建てる場合、建築費の10%を上限1000万円まで村から補助。増改築でも10%、上限50万円まで補助が出ます。
あわせて、子育て支援として、医療費を2002年から小学6年まで無料、2004年からは中学3年まで無料、2010年からは高校3年まで無料とし、保育料も1999年から10%ずつ段階的に下げていきました。現在の保育料は当初の半分ぐらいになっているそうです。
さらに、義務教育期間の給食費の補助も2011年から3割、2012年から4割、2014年から5割とこれも段階的に増やし、昨年4月からは入学祝い金として小学校入学時に2万円、中学校入学時に5万円の商品券支給もはじまりました。出産祝い金は第2子に5万円、第3子以降は20万円。他にも、お母さんたちの情報交換の場として「つどいの広場」を設けるなど、多種多様の子育て支援策を実施している下條村。それらの施策を実施するため、7億円の「子育て応援基金」を創設したといいます。
こうして見ていくと、“下條村の奇跡”は、何か特別なことから生まれたものでありません。どこの地方自治体でも、やろうと思えばやれることばかりです。ですから、他の自治体も下條村に習ってどんどん改革を進め、日本の出生率を地方から上げていってほしいものです。