2025.11.21
相談員ブログ
糖尿病と歴史的人物について
糖尿病は古代から現代に至るまで多くの歴史上の人物を悩ませた病気であり、その認識や対処法は時代によって大きく異なりました。【古代における糖尿病の認識】
糖尿病の症状(多尿、口喝、体力低下、視力障害など)は、紀元前1500年の古代エジプトの医書「エーペレス・パピルス」にすでに「多量の尿を出す病気」として記録されています。紀元1世紀にはローマ時代の医師アレタエウスが糖尿病症状を詳細に書き残し、ギリシャ語で「サイフォン(水が通り抜ける)」を意味する「Diabetes(ディアベーテス」と名付けました。
【藤原家の人々】
平安時代の藤原道長(966~1028)は50歳を過ぎてから、「しきりに水を欲しがる」「目が見えにくくなる」など、現代の糖尿病に典型的な症状を多数訴えていました。これらは当時の公卿の日記「小右記」や道長自身の記録「御堂関白記」にも残されています。糖尿病性網膜症による視力低下や、感染症(背中の腫れもの)などによる敗血症が死因につながった可能性が高いと推測されています。
道長の兄である藤原道隆も大量の水を飲む症状を示しており、糖尿病であったと推測されています。道隆の息子である藤原伊周も同様の病で亡くなったと伝えられています。藤原氏一族では、当時の贅沢な食生活や運動不足、精神的ストレスが糖尿病発症に関係していたと考えられます。道長は、日本の史料に糖尿病症状が記載された最も古い例の一人です。
道長は症状が悪化し視力が失われていく中で、仏教への帰依を深めました。その姿は、不治の病の苦しみの中で精神的な救いを求めた当時の貴族の典型的な姿とも言えるでしょう。
【源頼朝】
鎌倉幕府を開いた源頼朝(1147~1199)もまた、糖尿病であった可能性が指摘されています。当時の記録「猪隈関白記」には、頼朝が「飲水により重病」であったとの記述があり、これは大量に水を飲む「飲水病」すなわち糖尿病の症状を示していると考えられています。ただし、確定的な診断ではなく、推測の域を出ません。
【織田信長】
織田信長(1534~1582)も「飲水病」と呼ばれる糖尿病の症状を抱えていたと見られています。安土城移転以降、頻繁な喉の渇きや大量の水分摂取、手足の痛みやしびれの記録があり、糖尿病による末梢神経障害の可能性が疑われます。戦国の激しい生活による慢性的ストレスやストレスホルモン(アドレナリン、コルチゾールなど)の過剰分泌がインスリンの作用を妨げ、血糖値上昇を招いた可能性もあります。
【明治時代の人物】
明治天皇(1852~1912)も「密尿病」と呼ばれる糖尿病により、腎不全(尿毒症)を併発して崩御されたと伝えられています。密尿症は糖尿病の古い呼び名です。
夏目漱石(1867~1916)も糖尿病に悩まされた人物です。漱石は大の甘党で、医師から制限を受けながらも可食することがあったと言われています。晩年には「体のあちこちが痛む」「眠れない」などの訴えがあり、糖尿病性神経障害の症状であった可能性が高いと考えられています。
【海外の歴史上の人物】
発明家トーマス・エジソン、作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハ、画家ポール・セザンヌ、作家アーネスト・ヘミングウェイなどが糖尿病を患っていたと伝えられています。
・ポール・セザンヌ(1839~1906)
「近代絵画の父」と呼ばれるフランスの画家ポール・セザンヌは、50歳代で糖尿病の兆候が現れ、晩年には神経痛にも悩まされていました。糖尿病の合併症が進行し、最期の病因の一つになったと見られています。
・トーマス・エジソン(18㊼~1931)
アメリカの「発明王」トーマス・エジソンは、晩年は糖尿病を患っていました。仕事に熱中し、睡眠時間が不足しがちで、肥満気味であったとされます、またナッツ類やパイなどの軽食を好んでいたことが知られており、多忙かつ不規則な生活習慣が発症に影響した可能性が指摘されています。
・その他
この他にも、ロシアの作曲家ピヨートル・チャイコフスキーやアメリカのロック歌手エルヴィス・プレスリーなども糖尿病を患っていたことが知られています。生活の豊かさや美食志向、過度なストレスと糖尿病の関係性は、世界各地でしばしば指摘されています。
【まとめ】
現代的な糖尿病の理解と診断、治療の進歩は19世紀末以降のことです。膵臓と糖尿病の関係が明らかになり、インスリンが発見されたのは1921年でした。
それ以前は、糖尿病は「多尿」「口の渇き」「体力減退」などの症状を呈しながら、効果的な治療がなく死に至る不治の病を恐れられていました。
糖尿病は古くから人類とともにあり、生活習慣や社会的背景に大きく影響を受けてきた病気です。現代では治療と管理によって長く健康を保つことが可能ですが、歴史を通じて糖尿病が人々の生き方を左右してきたことは確かです。