2026.06.12
相談員ブログ
記憶が薄れても感情は残る‐認知症の人との向き合い方
認知症というと、「何も分からなくなる病気」というイメージを持つ人は少なくありません。家族の顔を忘れたり、同じことを何度も尋ねたりする様子を見ると、「本人はもう理解できなくなっているのだろう」と感じてしまうこともあるでしょう。
しかし、認知症を理解するうえで、とても大切な視点があります。
それは、たとえ記憶力が低下しても、感情は比較的長く保たれることが多いという点です。
嬉しい、悲しい、不安、安心といった気持ちは、認知症になっても心の中に残り続けます。
このことを知らずに接してしまうと、悪気はなくても本人を深く傷つけてしまうことがあります。
【認知症になると何も分からなくなるのか】
認知症では記憶力や判断力が低下します。
昨日の出来事を忘れたり、少し前の会話を思い出せなくなったりすることもあります。
ただし、その症状や進み方には個人差があり、すべてのことが一度に分からなくなるわけではありません。
また、それは「何も感じなくなる」という意味でもありません。
たとえば、目の前にいる人が娘であることは理解できなくても、「この人といると安心する」という感覚が残っていることがあります。
施設職員の名前を忘れても、「この人は優しい」「この人といると落ち着く」といった印象を持ち続けることもあります。
認知症によって失われるものはありますが、その人の心や感情まですべて失われるわけではないのです。
【出来事は忘れても、気持ちの影響は残る】
認知症ケアの現場では、出来事の記憶と感情の反応が一致しない場面がよくみられます。
たとえば、ある認知症の方が誰かからきつい口調で話しかけられたとします。
翌日には、そのやり取り(出来事)自体はすっかり忘れているかもしれません。
しかし、その相手を見ると「何となく緊張する」「嫌な気持ちがする」と、不安そうな表情を見せることがあります。
反対に、いつも穏やかに接してくれる人には、自然と笑顔を向けたり、その人のそばに行こうとしたりすることもあります。
このように、出来事そのものは思い出せなくても、「そのとき感じた気持ち」の余韻が、その後の反応として表れるのです。
【認知症の人は雰囲気の影響を受けやすい】
認知症になると、言葉でのコミュニケーションが難しくなることがあります。
しかしその分、相手の表情や声のトーンや雰囲気などから、敏感に影響を受けることが多いとされています。
忙しそうに対応されれば落ち着かなくなり、優しく声をかけられれば安心しやすくなります。
言葉の内容が十分に理解できなくなっていても、「歓迎されている」「大切にされている」といった空気感はしっかりと伝わっています。
私たちはつい言葉で説明することを重視しがちですが、認知症の人にとっては、その場の空気や関わり方そのものが、言葉以上に大きな意味を持っています。
【「どうせ分からない」という思い込み】
認知症の人に対して、
「どうせ覚えていないから」
「言っても分からないから」
「本人の前で話しても大丈夫だろう」
と考えてしまうことがあります。
しかし、こうした思い込みが本人を傷つけてしまうことがあります。
たとえば、本人の前で介護の負担について話した場合、内容を完全に理解できなくても、「自分のことで何か話をしている」と感じて、強い不安や疎外感を覚えることがあります。
また、本人を無視して勝手に話を進めたり、過剰に子ども扱いするような口調で接したりすれば、自尊心が損なわれることもあるでしょう。
認知症になっても、その人らしさが失われるわけではありません。
感情があるからこそ、周囲の接し方によって安心も不安も生まれます。
だからこそ、「どうせ分からない」という思い込みには注意が必要です。
【認知症ケアで大切なのは安心できる関わり】
認知症ケアというと、記憶を保つための訓練や脳トレを思い浮かべる人もいるでしょう。
それに加えて大切なのは、その人が「安心して過ごせる関わり」です。
・穏やかに声をかける。
・話を最後まで(遮らずに)聞く。
・否定から入らない。
本人ができることを尊重する。
こうした関わりは、決して特別な技術ではありませんが、認知症の人にとっては、「自分は大切にされている」「ここにいてよいのだ」という安心感に直結します。
そして、その安心感が日々の穏やかな生活を支える大切な土台になります。
【まとめ】
認知症になると記憶は少しずつ低下していきます。
しかし、感情は比較的保たれることが多いとされています。
嬉しい、悲しい、不安、安心といった気持ちは、認知症になっても心に残り続けます。
私たちはつい、「何ができるか」「何を覚えているか」に目を向けがちです。
しかし認知症の人を理解するうえで大切なのは、「どのような気持ちで過ごしているか」に目を向けることです。
記憶が薄れても、その人の心やその人らしさがすべて失われるわけではありません。
認知症の人と向き合うとき、「何が分かるか」だけではなく、「どのような気持ちで過ごしているか」に寄り添うこと。
それが、その人らしさを支える第一歩になると考えられます。